それでも、今日は無駄じゃない!

今日しか書けないことってあるんじゃないかなと思う。

駅のホームで見た障害者から感じたこと

障害者は精一杯生きていて、

でも何かしら背負った制約のために、

自分を表すことが難しかったりする。

 

私の兄は、

すみれみたいに控えめだけど、

毎日着実に生きている。

 

周りに合わせることもなく、

他人を気にすることもなく、

でもやはり人が自分に対してどう思って、

感じているのかはしっかりと伝わっている。

 

控えめなのは理解していないことじゃない、

むしろ彼らはとても繊細で敏感だ。

 

でも、

私は普段そういう部分に気付けているかな。

ついつい蔑ろにしているんだ。

 

と反省した。

何かを失った人

失ったことがあり、

そこから立ち直った人は優しくて強い。

しなやか。

 

こういう人はどこか共通していると思う。

そして、他人に好かれるし、

ふっと相手の懐に入っていくことができる。

 

なぜだろう?

 

きっと自分にバリアを張っていないんだ。

他人に対しても。

 

なぜだろう?

 

バリアを張ってもいいことがないって、

気づいたからなんだろうか。

だから張らないようにしたのかな。

 

なぜバリアを張らないほうがいいと思ったんだろう?

 

むしろ彼女達も昔はバリアを張っていて、

でも失ったことでそのマイナスに気づいたのだろうか。

失うことにはそのきっかけがあるのだろうか。

 

なぜバリアを張るのだろう?

 

自分を守るため。他人に傷つけられないように。または、他人を傷つけないように。

 

他人にどう思われるか怖いから。

この怖さって全ては他人目線で見ているのかな。ここに自分の視点は入っているのだろうか。